『独身専用車両』

プロローグ

 夜の東都環状線、車両の中で人々のざわめきが静まりかえる。独身専用車両の扉が開く瞬間、緊張と期待が入り交じる独特の空気が漂う。そんな中、今宵も新たな出会いを求めて、若きキャリアマンとキャリアウーマンたちがその扉をくぐり、運命の相手を見つけるために繰り広げられる婚活バトルが始まる。

「本日はご乗車ありがとうございます」

 車内アナウンスが流れ、扉が閉まる。このアナウンスが流れると、いよいよ婚活バトルの始まりだ。独身専用車両は、その名の通り独身の男女しか乗車できない車両である。つまり、ここに集う人々は皆、恋人探しのためにこの車両に乗り込んでいるのだ。

 今回の参加者は男性6人、女性8人。年齢はバラバラで、30代前半の男性が一番多く、20代後半の女性も多い。そして、その中にひとりだけ異彩を放つ女性がいた。

(……あの人、なんかすごいオーラを放っているような)

 彼女こそ、今回最大の注目株。名前は小日向美咲というらしい。彼女は今、一番注目を浴びている人物だった。なぜなら、彼女が美人だからだ。それもただの美人ではない。容姿端麗、眉目秀麗なスーパー美女なのだ。

 彼女の見た目の特徴を端的に表すならば、【黒髪ロング】だろう。肩まで伸びたストレートヘアーに、艶のある黒い髪。大きな瞳には長いまつ毛があり、鼻筋は高く、唇は薄くて小さい。まさに非の打ち所がない美貌の持ち主だ。

(こんな綺麗な人が婚活パーティーに参加するなんて意外だな)

 そんな感想を抱く俺だが、実は俺も彼女と似たような境遇にいるのである。俺は、この婚活イベントの主催者であり、いわゆる婚活コンサルタントと呼ばれる立場の人間でもあるからだ。しかし、そのことをここで話すつもりはない。なぜって?それは、俺が主催側だからだよ。そんな人間が、自ら参加者側に回ることなどあってはならないことだ。それに、そんなことをしたら大問題になるからな。まあ、そもそも俺には結婚願望というものがないのだが……。

 とにかく、俺はこの婚活イベントを成功させるために参加しているわけだ。それが俺の仕事だからな。おっと、話が脱線してしまったようだ。話を戻そう。

 さて、この婚活バトルだが、ルールはとてもシンプルだ。制限時間内に気になる異性にアプローチし、連絡先を交換すること。ただ、それだけだ。なお、この参加費は無料となっている。これは、既婚者の参加者にも配慮してのことだ。既婚者が無料で参加するためには、独身であることを証明する書類を提出しなければならない。また、この婚活バトルでは、独身証明書の他に運転免許証などの身分証明書を提示しなければならない。もし、それらを持っていない場合は、この婚活バトルへの参加資格を失うことになるので注意が必要だ。

「それでは、まずは自己紹介から始めましょう」

 進行役の男性がそう言うと、他の参加者たちは一斉に自分のプロフィールカードを手に持ち、それを見ながら順番に自己アピールを始めた。

「はじめまして、小日向美咲と申します。私は現在、広告代理店でデザイナーとして働いています。趣味は料理です。よろしくお願いします」

 そう言って、丁寧にお辞儀をする小日向さん。その姿はとても上品で、思わず見惚れてしまうほどだ。さらに、スタイルも抜群で、胸は大きく、腰回りは細い。まるでモデルのような体型をしている。そんな彼女を見て、俺は思った。

(この人、本当に綺麗だな)

 次に順番が回ってきたのは俺だ。

「えっと、初めまして。自分は神崎隼人といいます。普段はIT企業に勤務しています。仕事は忙しいですが、充実した日々を送っています。よろしくお願いします」

 簡単な自己紹介を終えた後、すぐに席に戻る俺。すると、隣の席から話しかけられた。

「ねえ、あなた」

 声をかけてきたのは、小日向美咲だった。

「はい、何でしょう?」
「私のことどう思うかしら?」

 いきなり質問された俺は、少し戸惑ってしまった。

「え、えーと、そうですね。素敵な女性だと思いますよ」

 とりあえず無難な答えを返しておくことにした。

「あら、ありがとう。でも、そういうんじゃなくてね……」

彼女はそう言いながら、俺に顔を近づけてきた。そして、耳元で囁いたのだ。

「あなたは私の虜にならないのかしら?」

 一瞬ドキッとしたが、なんとか平静を保つことができた。

「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。私に惚れない男性は珍しいわ。だから、あなたのことをもっと知りたくなったのよ」

 彼女は妖艶な笑みを浮かべてそう言った。

「あの、ひとつお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「何かしら?」
「どうしてこの婚活イベントに参加したのですか?」
「もちろん、新しい出会いを求めて参加したのよ。独身専用車両なら、独身者しか乗れないから安心して参加できるしね」

 なるほど、そういうことか。確かにこの婚活イベントには独身者しか参加できない決まりになっている。そのため、必然的に参加者は独身者に限られてくるというわけだ。

「それで、あなたのお名前は?」
「ああ、申し遅れました。俺は神崎隼人といいます。IT企業で働いているサラリーマンです」「そう、よろしくね、神崎くん」

 こうして俺たちは握手を交わしたのだった。
 ちなみに、この時はまだ気づいていなかったのだが、俺と小日向さんはお互いに一目惚れをしていたのである……。
 婚活バトルが始まってから、およそ30分が経過した頃だろうか。ついにその時が訪れた。それは、俺にとって最も恐れていた事態である。

「皆さん!大変長らくお待たせしました。ただいまより、マッチングタイムに入りたいと思います!」

 司会者の男性が高らかに宣言すると、参加者たちから歓声が上がった。

(いよいよ始まるのか)